幕末・新選組

新選組主要隊士の愛刀まとめ。刀と太刀の違いも説明するよ!

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刀剣乱舞で有名になった刀剣も数知れず。

そこで、今回は新選組隊士たちの愛刀をご紹介していきます!

こんな方におすすめ

  • 刀剣乱舞(刀剣男子)ファンの方
  • 新選組が気になりだした方
  • 刀剣や武器が好きな方

刀には、その侍の生き方が宿っている気がしますね。

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刀から歴史や新選組に入るのも俄然アリ!!

新選組隊士については、こちらで↓

新選組隊士一覧
新選組の主要メンバー紹介!隊士一覧まとめ

新選組の主要な隊士を一覧にしました!新選組は、その組織としての魅力は当然ながら、隊士それぞれにも魅力がいっぱいです。ぜひ好きな隊士を見つけてもらって、豊かな新選組ライフを楽しんでいただきたいです。

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刀の基礎知識~太刀と打刀の違い~

実は、刀といっても時代によって形が違います。

それは、「太刀」と「刀(打刀・うちがたな)」

どのあたりが違うのでしょうか?

太刀と打刀の違い:時代

大雑把に言うと、平安~室町時代初期に使われたものが太刀で、それ以降に使われたものが打刀になります。

南北朝時代が境目と言われますが、戦い方が変わってきた節目なんですね。

騎馬での一騎打ちから、歩兵による戦闘→弓・槍・鉄砲を使った殲滅戦という変化です。

そもそも、日本でも平安時代より前には西洋のサーベルのような真っ直ぐな刀、直刀が基本でした。

そこに特徴的な「反り」が生まれ、太刀となったのが平安時代の末期といわれます。

その変化とは何か??

「武士(武家)」の登場です!!

太刀は馬上で使う武器として用いられていました。

というより、メインの武器は弓矢で、弓が尽きたときの補助武器が太刀だったんですね。

で、太刀は切るというより、その重さで叩くといったイメージが近いです。

相手も甲冑という重装備なので切ることは難しいため、打撃によってダメージを与えて、その間に首を切るのが基本だったんですね。

もしくは、馬から降りたときに使う場合(徒歩による戦い=徒戦)です。

そして、時代が下ると太刀は大型化してきます。

いわゆる斬馬刀なんですが、これも馬ごと斬るわけではありません。

っていうか、無理!!笑

厨二病としては憧れちゃうんですがね・・・。

なお、愛媛県今治市の大山祇神社にある宝物館で実際の斬馬刀が展示されていますが、人に扱える気がしません!!

左之助すげえww

由緒ある神社ですし、宝物館は頼朝の鎧なども展示されていますので、ぜひ訪れてみてください。

ちなみに、天下五剣といわれるものは、全部「太刀」ですね!

さて、そんな大型化した太刀から、徐々に歩兵による戦闘に移る中で、打刀が生まれます!

携帯性を重視するようになったんですね。

太刀と打刀の違い:佩くと差す

(太刀:童子切安綱 出典:東京国立博物館)

太刀は装備すること「佩く(はく)」といいます。

腰にぶら下げる感じですね。

そのときに、刃が下になるように佩きます。

このとき、刀の根の部分(茎・かさご)の左側、体の外側を表として佩表(はきおもて)といい、そこに「銘」を入れることが原則です。

朱漆打刀(しゅうるしうちかたな) (重要文化財「刀 無銘元重」の拵(こしらえ)) 

(刀:朱漆打刀 出典:東京国立博物館

一方の打刀ですが、博物館でもこのように飾られるように、刃を上にして「差し」ます。

このとき、体の左側に来る方を差表(さしおもて)といって、打刀はこっちに「銘」を入れます。

ですので、原則としては、銘が佩表か差表かによって太刀か打刀かを判断します。(例外も結構ありますけどね!)

新選組隊士の愛刀たち

平和な江戸時代では、打刀です。

なので、新選組隊士が愛用していた刀は、すべて打刀になりますね。

では、隊士たちの愛刀はどのようなものだったのでしょうか!?

近藤勇:長曽祢虎徹?+吉川祐芳+三善長道

近藤勇の刀としては、長曽祢虎徹が何といっても有名です。

「今宵の虎徹は血に飢えておる・・・」なんて。

でも、本当に長曽祢虎徹だったかどうかはわからないんですね。

一方で、吉川祐芳は若松市(現会津若松市)9代目市長の松江豊寿が、近藤の処刑後に会津へ密かに首と共に運んだと覚書を残しています。

また、三善長道は会津虎徹とも呼ばれる名工の作で、松平容保から拝領したと近藤の手紙に記されています。

土方歳三:和泉守兼定+越前康継+大和守秀国

土方歳三

土方歳三の差料として有名なのは、和泉守兼定ですね。

現在も、日野市のご子孫が運営されている土方歳三資料館に現存しています。

越前康継も同様に保存されていますね。

期間限定で公開されますので、ファンの方はぜひ!

行きたい・・・!

なお、パーマは和泉守兼定の模造刀を保有済みです笑


沖田総司:加州藤原清光?+大和守安定

沖田総司というと菊一文字というイメージがありますが、これは創作です。

そもそも菊一文字は当時でも国宝級の刀ですから、さすがに持てないですし、ましてや戦闘に使うなど・・・。

沖田が使用したと言われるものは、加州藤原清光です。

池田屋事件のときに、「帽子(先っぽ)が折れた」と近藤の手紙から伝わっています。

斉藤一:鬼神丸国重+孫六兼元

斉藤一

斉藤一の刀と言えば、鬼神丸国重と言われます。

るろうに剣心北海道編でも出てきますね!(折れたって言ってますが・・・)

とはいえ、鬼神丸国重は確実な情報ではないとも言われていますね。

もう一振り、兼元がそうではないかと言われていますが、これは関の孫六の系統で名刀だったそうです。

こちらもるろうに剣心で「無銘ながら・・・」と斉藤が言っていましたが、戊辰戦争から西南戦争でも使っていたと言われますね。

刀剣に息づくロマンを感じよう!

刀は実戦よりも、美術品的な意味合いがありました。

でも、誰が使ったかによってロマンがプラスされますよね。

刀剣乱舞も人気ですが、ぜひ刀から新選組に入ってきてもらえたら嬉しいですね!!

 

 

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小学校の頃から歴史もの、特に新選組にハマり、史跡を巡り歩いてきたアラフォーです。 読書も趣味で、得たスキルや情報のアウトプットの意味も含めて、当ブログを運営します。 そのほか、狩猟免許(1種&罠)も持っていたりします。 Twitterもやっていますので、よろしくお願いします!

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