書籍レビュー

戦後日本の歩みを漫画で!大宰相4巻~池田勇人と佐藤栄作の激突~

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激化する派閥対立!そして官僚vs党人!大宰相4巻

3巻では自由民主党が誕生し、岸信介首相のもと日米安保改定がなされました。それに対抗した勢力との安保闘争、そして学生運動も激化していきます。

時は昭和35年。岸退陣の後、跡目争いが勃発します。これから先も、派閥の合従連衡が相次ぎ、権力闘争は激しさを増していきます。首相を勝ち取りに来るもの、禅譲を期待するもの、一方で権力を手放したくないもの。そこには20年来の友情や師弟関係も無くなってくる・・・。

4巻では所得倍増を掲げた池田と沖縄返還を成し遂げた岸のライバル関係を軸に、日本が高度成長をしていく時代に突入します。

なお、この本は昭和35年~47年を書いています。昭和35年はダッコちゃん人形が流行った年。あれ、なんで流行ったんですかねぇ。笑
他には、即席ラーメン市場に各社が出て競い合い、コーヒーも出だしたことからインスタント時代と呼ばれるようになったときです。
大規模団地も建設され始め核家族化が進行。改めて時代が変わっていくときでもありますね。
昭和40年にはベンチャーズ来日からエレキギターの流行、王・長嶋ONを擁したジャイアンツの9連覇の始まりがあり、昭和41年にはビートルズも来日します。
43年には3億円事件が発生、大学紛争の激化により東大安田講堂を全学連が占拠するなど激しい時代の始まりでもありました。
45年は大阪万博、よど号ハイジャック事件、三島由紀夫の割腹自殺。まさに、昭和って感じの時代ですね。

第1部 保守本流対党人派連合

岸が退陣となり、跡目争いが勃発。本命は池田勇人だが、大野伴睦、藤山愛一郎、石井光次郎が動き始めていた。大野には河野一郎、藤山には福田赳夫が付いた。池田勝利に向けて岸も動くが、一方で河野は池田・大野の決選投票となった場合に2位3位連合を取り付ける。
そして、総裁選前夜、勝利を感じる大野だったが、連合相手の石井光次郎派が切り崩され決選投票において池田支持に回る可能性があり、池田に敗れる公算となった。そのため大野が候補を降り、石井に票を与える形をとるよう説得され、大野は涙ながらに身を引く。そして、大野が引くことから川島正次郎派も切り崩され、総裁選は池田勝利となった。

うーん、大野が降りなければどうなったでしょう・・・。結局のところ、官僚出身者が続くことになりました。

池田は広島県竹原市の造り酒屋の息子で、熊本五高から京大、大蔵省と進む。ただ、受験失敗や病気療養などで出世は遅れていた。しかし敗戦となるとそれが幸いし、先輩たちが公職追放となって池田が跡を継ぐ形になった。そして、昭和24年に自由党から出馬。大蔵相などを歴任し、ついに総理大臣に上り詰めたのだった。

所得倍増を掲げた高度成長計画は多大な効果をあげ、経済成長率は年率21.3%に達し、GNP(国民総生産)は昭和45年までに5倍近くになった。
そんな順調ななか、政調会長であった福田赳夫が反旗を翻し、高度成長計画の破綻や派閥解消を目指し党風刷新懇話会を設立する。福田は主流派から干されながらも、この懇話会を福田派と維持し、実力者へとなってゆく。
逆に池田体制の中で実力者の基礎固めを始めたのが、池田派の大平正芳と佐藤派の田中角栄だった。田中は蔵相・大平は外相と中枢で活躍した。

また、若い世代も芽吹く。36年当時の自民党青年局長であった竹下登宇野宗佑らである。2人が始めた日本青年海外奉仕隊は、いま青年海外協力隊となっている。

なお、当時の米国大統領はケネディ大統領。昭和38年に暗殺されている。

池田は昭和37年に2選を勝ち取るが、その時には大野の仲立ちで池田と近づいた河野一郎が力を発揮し、池田派にも河野シンパが誕生していた。
一方で佐藤は閑職に置かれていたが、大野の死去で事態が一変。池田は河野に総裁の椅子を譲るのではないかと訝しんだ佐藤は、池田3選を阻止すべく立ち上がる。
結果として池田は勝利するが、病に倒れ、佐藤総裁が誕生。党人の総理大臣は未だ誕生しないのであった。

第2部 角福戦争

昭和44年、岸内閣のもとでの総選挙が行われた。田中角栄は幹事長として選挙を取り仕切って大勝利を収め、権威を伸ばした。
もともと佐藤と田中は近しい関係で佐藤派は田中の尽力で勢力を伸ばしてきていたが、佐藤総理は同じ官僚の福田を重用するようになり、田中の権勢が伸びるのを警戒するようになった。
そこで、田中幹事長交代に動くが失敗。しかし佐藤は、自分が動けば佐藤派は福田支持に回り、福田への禅譲ができると驕る。
そして、佐藤は4選を心に決める。

次を福田にもっていくためには4選(2年後)となると田中が伸びている可能性が大きく、福田後継政権ができないと考え、実兄の岸や側近の保利茂は4選阻止に動く。福田は佐藤が言えば禅譲があると信じ、岸に任せ禅譲を待つ。しかし佐藤は岸の進言を聞かない。
他方、田中は佐藤4選が自身に有利になることを理解しており、川島とともに佐藤4選へと中間派派閥の取りまとめに動く。そして、佐藤を煽る。
結果、佐藤は4選へと進み、三木との一騎打ちを制するが、三木の得票は予想以上であり、佐藤政権への不満を表す形となった。

世間も佐藤内閣に飽きがきており、各地方首長選挙で敗れ、参議院選挙も敗北する。その責任をとって田中は幹事長を辞任、後任は保利茂となった。

そうした最中、日中が急遽接近、ニクソン大統領の訪中が電撃的に発表される。
これを外相としてキャッチできなかったこと、同時に起こっていた福田派の重宗参議院議長問題により、福田は総裁レースから後退してしまう。

秋の臨時国会では、沖縄返還協定の審議を行うが、野党の反対により遅々として進まない。保利幹事長は野党にパイプがなく、田中が独自に動くが、福田の不利になると考える佐藤と保利は渋る。20年来の佐藤派の仲間の関係がこれかと、田中の心は離れる。
沖縄返還協定は成り、これで福田政権に持っていけると考えた佐藤であったが、代議士会では「佐藤協力はここまで!」と1年生議員の浜田幸一にまで言われるほど、その影響力は陰りをみせていた。

ただ、佐藤は自身の影響力低下を認めない。そして、田中に出馬取りやめと福田支持を厳命しようとするが、それが田中の心を決めることになる。

そうして田中派が旗揚げとなった。昭和47年5月9日。総勢81名の大勢力であった。
そして、対福田赳夫となる総裁選へと向かう・・・。

派閥政治が激化!そこにあるそれぞれの思惑が交錯する!

今回も面白かったですねぇ。それぞれが総理総裁を目指し、仲間になったり反目したり。しかし、根底にあるのは吉田学校でもあります。

そして、最後の吉田学校生・田中角栄と、エリート中のエリート福田赳夫が力をつけ、ついに激突する!

田中角栄がいよいよ首相へ歩みだしますが、この人の仕事力と情勢を見る目は本当にすごいですね。
そして運。
田中は「俺の敵は福田じゃない。彼は上州の平手造酒だ、ひともみで潰せる。本当の敵は岸と佐藤なんだよ。長州閥さ。彼らは強い、命がけの戦争になる」と言っていたようです。
事実、岸と保利もそう動いていたわけですが、佐藤の自己過信により4選となりました。

人事を尽くして天命を待つ、ということにもなるでしょうか。

いよいよ5巻では、今太閤が誕生しますね!
個人的には、結構好きな政治家、田中角栄。次も楽しみです!


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小学校の頃から歴史もの、特に新選組にハマり、史跡を巡り歩いてきたアラフォーです。 読書も趣味で、得たスキルや情報のアウトプットの意味も含めて、当ブログを運営します。 そのほか、狩猟免許(1種&罠)も持っていたりします。 Twitterもやっていますので、よろしくお願いします!

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